日常での徹底した利便性と、生活に根ざした洗練のワードローブ。それを淡々と追求し続けるノーマルエキスパートの静かな狂気に、世の中が徐々に気づき始めている。
グラフペーパーでは、この秋冬でそんな彼らのものづくりの姿勢を象徴しているダウンベストと、定番の300ブルゾンをベースに別注を行った。特別なサイズバランスでアップデートされたプロダクトの個性と、そのストーリーから見えてくる確かな熱量。
過剰な主張を好まないつくり手の言葉には、それが確かに滲む。
Interview & Text by Rui Konno
―今日は、今季の別注を中心にお話を聞けたましたら。このブルゾンは別注シリーズの中でも継続してリリースされているモデルですよね?
そうですね。300ブルゾンと、そこに組み合わせられるベストっていう2型です。
―前回、ノーマルエキスパートでは想定した着用日数にちなんだ名前がモデル名に付くというお話を伺いましたけど、こちらのベストは“300ブルゾン”みたいな日数は付いていないんですか?
はい。最初は全部のモデルに日数を入れ込もうと思ったんですけど、“125”とかが出てきたときに、そこから見た人がよくわからなくなっちゃいそうだなと思って。それでズレが生じるとハテナが生まれちゃうなと思ったんです。それでこのベストは“フロートパネル”という名前にしました。海に浮かんでるブイみたいなイメージで。
―そのモデル名をはじめに聞いて、デザインも相まってライフジャケットを勝手に想像していました。
あ、でも実際にこのベスト自体は水に浮くんですよ。中綿がグースなんで。
―いわゆるダウンとはまた違うんですか?
ダウンではあるんですけど、水鳥の種類の違いですね。グースダウンと一般的なダックダウンの違いはいわゆるダウンボールの径が、グース(ガチョウ)のほうがダック(アヒル)よりも大きいんです。グースは体格自体が大きいので。その中でもマザーグースは親だからよりボールが大きくなるんですけど、育つまでの時間もかかるから高級になります。やっぱり寒い地域に生息してるほどかさ高になりがちで、ものは良しとされる傾向がありますね。
―ダウンの品質だと、ストリートファッションの記号性の影響もあってかフィルパワーでの評価っていうのが一般的にも浸透しましたよね。
このベストもフィルパワーで表すと900から950くらいになるのかな。1000未満くらいですね。
―1000近くとなると、かなりハイスペックですよね?
そうですね。あとはかさ高が高いっていうことは逆に潰しも利くっていうことなんですよ。普通のダウン製品って形状を保つのにフェザーを10%くらい入れるんですけど、このベストではフェザーは5%にして、その分グースダウンをダウン屋さんが「やめてくれ」って言うくらい入れて、ひたすらフカフカを追求したっていう感じです。
―実際に触ってもフェザーの芯の感覚がほとんどなかったのはそういうことだったんですね。
はい。ただ、ダウンがやわらかすぎると、今度は中で動きすぎちゃったりするから一概にフェザーの割合が低いことがいい衣類なのかっていうとまた別の話になってくるんですけど、今回はグースの量と、パネルの取り方でうまくやれたかなと。完全に肌触り重視です。
―ノーマルエキスパートにスノースポーツやテックウェアづくりで培った知見が活きているというのは前回おうかがいしましたけど、やっぱりダウンは元々お好きだったんですか?
いや、僕個人は暑がりで、自分でダウンを買ったのはたぶん人生で一回だけだと思います。だけど昔、自分でつくったダウンベストは今でも冬になると着ていて。シェルの中にダウンベストを着て、インナーにスウェットを着れば冬も十分でした。
―意外ですけど、そもそも本格的なアウトドアギアのダウンジャケットが日本の本州で本領を発揮する機会はあんまりないですよね。
ですよね。僕のなかではダウンベストも必要なタイミングは気温5度以下かなと思ってます。このフロートパネルをつくるときは、その“5度以下のときにどうしよう?”を色々詰めました。人間の体でも熱ってやっぱり上から逃げやすい性質があって、服を着たときの冷えってやっぱり肩とか頭の周りから来るんですよね。服を着たときに、どうしても服自体の重さで肩の部分って潰れるから、そこを徹底的に覆おうと思って。
―課題の解説でものすごく具体的な数値が出てくるあたりがノーマルエキスパートらしいですね(笑)。
理屈っぽすぎても面白くないし、ユーザーの感性だけに頼ってるのもちょっと違うよなぁといつも感じていて、大事なのはその合いの子だと思います。で、肺と心臓を温めると、体内の血液や体液が循環して熱が回るんで、日常生活はいけるなと。だから、温めたいところだけをひたすら暖かくして、暑いときにはさっと脱げるようなものにしたかったんです。
―表地も裏地もかなりやわらかい生地ですし、見た目に反してすごく軽いですよね。
そのやわらかさが実感できるかをやっぱりすごく気にしました。表も裏もナイロンなんですけど、かなり細い糸で織られた生地です。それで、普通はダウン製品をつくるときってダウンパックっていうものがあるんですけど…
―表地・裏地とは別に、服の内側でダウンを封入している別生地の部分ですよね。
はい。このベストはそれがなくて、表地の下に直接ダウンが入っているので、羽毛のやわらかさをよりダイレクトに感じられるようになってます。この生地は日本の福井の会社がつくってるんですけど、昔、僕がOEMに携わっていたときにこれに出会って。15年くらい、定番でつくられている生地で、ダウン向きの生地としてはこれが一番いいんじゃないかと思ってます。それを、ようやく自分でも使うときが来たなと思って今回選びました。
―ノーマルエキスパートはまだ設立からの年数は少ないですけど、満を持してという感じだったんですね。
まずは見た目よりも触り心地だろうとこの生地を選んだんですけど、経験からある程度完成形もイメージできてました。もちろん実際にやってみて想像とのズレもあったけど、上がりはほぼ見えていた通りです。
―逆に想像とのズレはどんな部分にあったんですか?
普通、ダウンって肩にハギの肩線が入るんですけど、これは生地が柔らかいからそこだけがベコっと凹んじゃって。わかりやすく言うと髪の分け目みたいな感じですね。それで偏りができちゃったから、製品では前後の肩をぶっ続けにしています。
―本当ですね! ここが続いてひと部屋になってるダウンって、あまり見たことがない気がします。
そうですよね。あとはフード。最初はスナップボタンで脱着できるようにしてたんですけど、それがだらんと垂れてる状態があまり好きになれなくて。それで、外したポケットにフードを収納できるようにしてみようとか色々試してみて、最終的にくるくると巻いて襟にしまえるこの形にたどり着きました。襟の幅が足りなくてフードがきれいに収納できなかったり、フードをしまうとパンパンになってファスナーが開かなくなったりして、そこはたぶん一番苦労しましたね。
―その苦労のあとが製品にないのは、最終的なバランスが良い証拠ですよね。肩線も、言われるまで意識しないくらいに自然ですし。
最初は背中の中心も割ってたんですけど、結局それもなくしました。ますますダウンの量は増えるのに羽毛の値段もこの秋冬でさらに上がってるしなぁ…とも思ったんですけど、ユニクロとかノース・フェイスとか、いろんなダウンがすでに世にある中で、僕がつくる意味があるダウンってなんだろうと考えて、そうしようと思いました。
―ここまでインラインの話を聞いていて、別注の仕様のお話も聞かなきゃないけないのでちょうどいいなと思ったんですが、グラフペーパーではよりオーバーサイズで別注したと聞くところから察するに、コストと直結するオーダーだったんじゃないですか?
そうなんですよ。使う羽毛の量がさらに増えるので。そこは最初にご相談しました。他のモデルでもそうなんですけど、グラフペーパーの大きいシルエットでの別注って、ものによっては生地を使う量がインラインの1.5倍くらいになることもあるんですよ。それが今回は露骨に出たって感じです(笑)。
―“グラフペーパーらしい、より大きいシルエットを”というオーダーだったと聞いたんですが、さっきのお話を踏まえると、シルエットが変わると機能面にも調整が必要そうですね。
まぁ、僕も元々上物は座ったときにストレスがないように割と丈を短めにすることが多いし、このブルゾンもそうですけど、裾を絞ってそれぞれ好きな形をつくれるようにすることは多いので、感覚的にはグラフペーパーさん用のシルエットもスムーズにできたかなとは思います。ただ、ダウンベストは結構肩の出し方がすごく難しくて。
―このアームホールの広さや形もそうそう見ないバランスですしね。
それで、さらにベストだと体型に寄るところも大きいから余計に。別注をいただいて、シルエットを大きくするにあたって肩とフードのバランスは3、4回はやり直してると思います。大きくなって肩が張るとちゃんちゃんこみたいになっちゃうし、肩の後ろに自然な丸みを持たせたかったから、最終的に中でゴムのテンションを少しかけて。それも強すぎたりして、もう一回とか。色々とやりました。
―袖山近くの内側にシャーリングがあるのも今気づきました。
ここに丸みがあると、肩に自然に沿うんですよね。裾は紐で絞れるから、割とどんな体型の人でもフィットしやすくなってると思います。機能面だと、羽毛をたくさん使うことで暑くなりすぎないようにも注意しました。背中や腰回りはピタッとすると熱が溜まりがちになるんで、それをどこで抜こうかなと。身幅が広い分、通気性は上がるので、暑いときには裾をガバッと広げてもらうといいと思います。普通の体型の人で、インラインのXLを着てもらうのもありだと思うし、グラフペーパーの別注のほうをでっかく着てもらって、裾を絞るとかでもいいんじゃないかなって。
―僕はこうやって実際にお会いしてるので、つくり手が背が高くてすらっとしてる人だとわかるわけですけど、そういう細身の体型でも別注とインライン、両方選択肢としては入ってきそうですね。
はい。もっと体格的に大きい人だとか、周りにいるいろんな体型の人にも着てもらいましたけど、それぞれが好みで選べると思います。先日もブルゾンを着たりしてくれている人たちを見かけましたけど、そういうのはやっぱり嬉しいですね。
―世の中黒い格好の人が多かったりしますけど、ノーマルエキスパートの服ってその中でも不思議とわかりますよね。
うん。それで言うとちょっと脱線するんですけど、みんな今ってちょっと色を忘れてきているなぁとも思うんです。
―日本は特にそうかもしれませんね。あんなに黒に需要が偏る都市もそう多くないとかって聞きますし。
同じ日本でも、また場所によって違ったりするとは思いますけど、東京でファッションが好きな人は黒を着てることが本当に多いなぁと。
―それで言うとノーマルエキスパートのアイテムも黒が多いですよね。
そうですね。僕自身はバキバキに派手な色も着るんですけど、ブランドを始めるときにブランドカラーをどうしようとか考えたときに、やっぱり濃色がいいよなとは思ったんです。
―“300日着られるブルゾン”と言われてもそれが真っ赤だったら「本当か…?」とはなりそうですよね。
(笑)。僕はブラックじゃなく、“カーボン”っていう色名にしてるんですけど、黒って素材によって、光の加減で白っぽくも見えたり、陰影がつくからそれはそれで面白いなって。だから、黒が中心ではあるけど素材感によっていろんな見え方をしたり、逆に明るい色と合わせても見え方が新鮮になるようなものをと考えながら、ノーマルエキスパートはやってます。
―今回のブルゾンとベストは、まさにレイヤリング向きのラインナップですし、それが実感しやすそうですね。ブルゾンの仕様やつくりは完全に前シーズンから継続なんですよね?
はい。やっぱり“○○日着られる”と言い切る以上は自分でテストしてみて納得しないといけないなと思ってるんで、微調整できるところは常に探してるんですけどね。買ってくれた人たちにも感想みたいなものを随時言っていただいて、それが溜まってきたらアップデートのタイミングかなと思ってます。トレンドだとか、ユーザー目線で今の気分を知ることも大事なことのひとつだと思うから。
―納得しつつも、個性的でトガったものづくりと人の意見に耳を貸すことって、同時に行うのはすごく大変でもあるんじゃないかとも思ってしまいます。
でも、製造業っていうのは携わってる人がたくさんいるんですよ。工場だとか生地屋さんだとか、そのみんなの仕事が安定するようなサイクルがやっぱり大事だと思うんです。それがどこかで…誰かの都合で止まってしまうと、「あれ、ものは良かったんだけどな…」となっちゃうじゃないですか。物に罪はないけど、世の中から消えていってしまうっていうのを僕はものすごい見てきたから、そういう仕事は嫌だなって。誰かが無理をするようなそういう仕事はやりたくないなって。
―プロダクトを取り巻くそういう環境も含めて、現代では必要なデザインの要素ですよね。
うん。僕自身はエンドユーザーの方たちと接する機会はほとんどないですけど、そういう人たちの声が届くと、ちゃんと伝わってるんだなって思います。その上で、僕の個性とは? 別注をしてもらう人たちの利点とは? …とかっていうことを探っている最中でもあるし、それがなんとなく見えてきた気もしています。評価は常に変わっていくものだし、5年後どうなってるかとかって考えたりもするけど、自分が欲してるものを突き詰めればそれが伝わるお客さんはやっぱりいてくれるし、そういう環境が少しずつ出来上がってきたんだなって、続けていくうちにわかってきました。
NORMAL EXPERT
デザイナーは1982年生まれ、福島県出身。アウトドア好きだった父親の影響で幼少期から始めたスキーが、スポーツやテックウェアの原体験。ストリートブランドの販売やOEMの企画会社でのグラフィックデザインなどを経験したのち、スポーツウェアの開発に長年携わる。コロナ禍による会社の解散を機に自身でものづくりの構想を固めてゆき、2024年にノーマルエキスパートを立ち上げた。